ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は、胃の粘膜に生息する細菌で、胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍、さらには胃がんの発症に深く関わっていることが明らかになっています。日本人の約半数が感染しているとされ、特に50歳以上では高い感染率が報告されています。
ピロリ菌の感染を調べるには、いくつかの検査方法があります。尿素呼気試験、便中抗原検査、血中抗体検査、内視鏡を使った検査など、それぞれに特徴があり、状況に応じて適切な検査方法が選択されます。
本記事では、ピロリ菌検査の種類と特徴、検査を受けるべき人、検査の流れ、除菌治療の方法、そして除菌後のフォローアップまで、包括的に解説していきます。
目次
ピロリ菌とは?胃への影響
ピロリ菌の正式名称はヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)といい、らせん状の形をした細菌です。1983年にオーストラリアの研究者によって発見され、胃潰瘍や胃炎の主要な原因であることが証明されました。
胃の中は強い酸性環境のため、通常は細菌が生息できません。しかし、ピロリ菌はウレアーゼという酵素を産生し、胃の中の尿素を分解してアンモニアを作り出すことで、周囲を中和して生存しています。
ピロリ菌は主に幼少期に感染し、一度感染すると、除菌治療をしない限り胃の中に住み続けます。感染経路は完全には解明されていませんが、口から口への感染(経口感染)が主な経路と考えられています。
ピロリ菌が引き起こす疾患
ピロリ菌に感染すると、まず慢性胃炎が引き起こされます。長期間の感染により胃粘膜の萎縮が進行し、胃潰瘍、十二指腸潰瘍のリスクが高まります。実際、胃潰瘍の約70~80%、十二指腸潰瘍の約90%以上がピロリ菌感染によるものとされています。
さらに重要なのは、ピロリ菌感染と胃がんの関連です。世界保健機関(WHO)は、ピロリ菌を「確実な発がん因子」として認定しており、長期感染者では胃がんのリスクが数倍に上昇することが知られています。
その他、胃MALTリンパ腫(胃の悪性リンパ腫の一種)や、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)などの胃以外の疾患との関連も報告されています。ピロリ菌の除菌により、これらの疾患のリスクを低減できることが明らかになっています。
ピロリ菌検査の種類と特徴
ピロリ菌の検査には、大きく分けて内視鏡を使わない検査と、内視鏡を使う検査の2つのカテゴリーがあります。それぞれの検査方法について詳しく見ていきましょう。
尿素呼気試験(UBT)
尿素呼気試験は、ピロリ菌検査の中で最も精度が高く、非侵襲的な検査方法です。感度・特異度ともに95%以上と優れており、除菌治療後の判定検査としても推奨されています。
検査方法は、まず検査用の薬剤(尿素を含む錠剤や液体)を服用し、一定時間後に呼気を採取します。ピロリ菌が持つウレアーゼという酵素が尿素を分解すると、特殊な二酸化炭素が発生するため、呼気中のこの二酸化炭素を測定することで、ピロリ菌の有無を判定します。
検査は約20~30分で完了し、痛みや不快感はありません。ただし、検査前に数時間の絶食が必要です。また、抗生物質やプロトンポンプ阻害薬(PPI)などの薬剤を服用していると、偽陰性(実際は感染しているのに陰性と判定される)になる可能性があるため、一定期間の休薬が必要です。
便中抗原検査
便中抗原検査は、便の中に含まれるピロリ菌の抗原(菌体成分)を検出する検査です。尿素呼気試験と同等の高い精度を持ち、感度・特異度ともに90%以上です。
検査方法は、採取した便を専用の容器に入れて提出するだけです。痛みや不快感はなく、絶食も不要なため、手軽に受けられる検査です。尿素呼気試験と同様に、除菌治療後の判定検査にも使用できます。
ただし、便の採取に抵抗がある方もいること、また薬剤(特にPPI)の影響を受けやすく、偽陰性になる可能性があることが注意点です。検査前には一定期間の休薬が推奨されます。
血中抗体検査(血清抗体検査)
血中抗体検査は、血液中のピロリ菌に対する抗体(IgG抗体)を測定する検査です。採血するだけで検査ができ、薬剤の影響を受けにくいというメリットがあります。
スクリーニング検査として広く用いられており、健康診断や人間ドックでもよく実施されます。絶食も不要で、気軽に受けられる検査です。感度は約90%と比較的高いですが、特異度は他の検査に比べてやや劣ります。
最大の欠点は、除菌治療後も抗体が長期間残存するため、除菌の成否判定には使えないことです。また、感染していても抗体が産生されていない初期段階や、高齢者で免疫応答が低下している場合には、偽陰性になることがあります。
内視鏡を使った検査
胃カメラ(上部消化管内視鏡)を行う際に、胃粘膜の一部を採取(生検)してピロリ菌の有無を調べる方法もあります。主な検査には、迅速ウレアーゼ試験、鏡検法、培養法があります。
迅速ウレアーゼ試験は、採取した組織を試薬に浸し、ピロリ菌が持つウレアーゼ酵素の活性を調べる方法です。30分~数時間で結果が得られます。鏡検法は、組織を顕微鏡で観察してピロリ菌の存在を直接確認する方法で、確実性が高いです。
培養法は、採取した組織を培養してピロリ菌を増殖させ、菌の存在を確認するとともに、抗生物質への感受性も調べられます。除菌治療が失敗した場合の次の治療法を選択する際に有用です。
これらの検査は、胃カメラを行うことが前提となるため、侵襲性がありますが、胃の状態を直接観察でき、他の病変の有無も同時に確認できるという大きなメリットがあります。
ピロリ菌検査を受けるべき人
ピロリ菌検査は、以下のような方に特に推奨されます。まず、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の既往がある方です。これらの疾患の多くはピロリ菌が原因であり、除菌することで再発を大幅に減らすことができます。
慢性胃炎と診断された方も、検査を受けるべきです。特に、内視鏡検査で萎縮性胃炎が認められた場合は、ピロリ菌感染の可能性が高く、胃がんのリスクも上昇しています。
家族に胃がんの方がいる場合も、検査を検討すべきです。遺伝的要因に加えて、幼少期の家庭内感染の可能性もあります。また、胃の不調(胃痛、胃もたれ、食欲不振など)が続く方、胃MALTリンパ腫や特発性血小板減少性紫斑病と診断された方も、ピロリ菌検査が推奨されます。
保険適用の条件
ピロリ菌検査と除菌治療は、内視鏡検査で胃炎が確認された場合に、健康保険が適用されます。2013年2月からは、慢性胃炎も保険適用の対象に追加されました。
具体的には、胃カメラを行い、慢性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃がんの内視鏡的治療後のいずれかが確認された場合に、保険でピロリ菌の検査と除菌治療を受けられます。
一方、症状がなく、胃カメラを行わずにスクリーニング目的で検査を受ける場合は、自費診療となります。費用は医療機関によって異なりますが、数千円程度が一般的です。
ピロリ菌の除菌治療
ピロリ菌が陽性と判定された場合、除菌治療が推奨されます。除菌治療は、2種類の抗生物質と1種類の胃酸分泌抑制薬を7日間服用する方法です。
一次除菌では、アモキシシリン、クラリスロマイシンという2つの抗生物質と、プロトンポンプ阻害薬(PPI)またはボノプラザンという胃酸分泌抑制薬を組み合わせて使用します。一次除菌の成功率は約70~80%です。
一次除菌で失敗した場合は、二次除菌を行います。二次除菌では、クラリスロマイシンをメトロニダゾールという別の抗生物質に変更して、再度7日間の治療を行います。二次除菌まで含めると、約95%以上の方で除菌に成功します。
除菌治療中は、薬を指示通りに正確に服用することが重要です。自己判断で中断したり、飲み忘れがあったりすると、除菌の成功率が低下し、薬剤耐性菌が出現する可能性があります。
除菌治療の副作用
除菌治療には、いくつかの副作用が報告されています。最も多いのは軟便や下痢で、約10~30%の方に見られます。これは抗生物質が腸内細菌にも影響を与えるためです。多くの場合、軽度で治療終了後に自然に改善します。
その他、味覚異常(苦味や金属味を感じる)、腹痛、吐き気などの消化器症状が見られることがあります。また、まれにアレルギー反応(発疹、じんましん)や、重篤な副作用として偽膜性大腸炎や肝機能障害が報告されています。
異常を感じた場合は、すぐに医師に相談してください。特に、激しい腹痛や血便、高熱、全身の発疹などが出現した場合は、速やかに医療機関を受診する必要があります。
除菌判定検査
除菌治療終了後、約2~3か月後に、除菌が成功したかどうかを判定する検査を行います。尿素呼気試験または便中抗原検査が推奨されます。血中抗体検査は、前述のとおり除菌判定には使用できません。
判定検査の前には、プロトンポンプ阻害薬などの胃酸分泌抑制薬を2週間以上、抗生物質を4週間以上休薬する必要があります。これらの薬剤を服用していると、偽陰性になる可能性があるためです。
除菌が成功していれば、治療は終了です。失敗していた場合は、二次除菌(一次除菌で失敗した場合)、または三次除菌(保険適用外、特殊な抗生物質の組み合わせを使用)を検討します。
除菌後の注意点とフォローアップ
ピロリ菌の除菌に成功した後も、いくつかの注意点があります。まず、除菌後も胃がんのリスクはゼロにはならないことを理解しておく必要があります。特に、除菌前に胃粘膜の萎縮が進行していた場合は、除菌後も胃がんのリスクが残ります。
そのため、除菌後も定期的な胃カメラ検査(1~2年に1回程度)を受けることが推奨されます。除菌により新たな胃がんの発生リスクは大幅に低下しますが、完全に予防できるわけではないため、継続的な監視が重要です。
また、除菌後に一時的に逆流性食道炎の症状が出現することがあります。これはピロリ菌の除菌により胃酸の分泌が回復するためで、多くの場合、数か月で改善します。症状が強い場合は、医師に相談して適切な治療を受けてください。
再感染の可能性
ピロリ菌の除菌に成功した後、再感染する可能性は非常に低いとされています。成人での再感染率は年間1%未満と報告されています。幼少期に比べて成人は胃酸の分泌が十分であり、ピロリ菌が定着しにくいためです。
ただし、除菌判定検査で陰性だった後、再びピロリ菌陽性となった場合、真の再感染なのか、除菌が不完全だったのかを判断する必要があります。多くの場合は、除菌が不完全だったことによる再燃です。
再感染を予防するためには、家族内に感染者がいる場合は、その方も除菌治療を受けることが推奨されます。また、衛生的な食生活を心がけることも重要です。
まとめ
ピロリ菌検査には、尿素呼気試験、便中抗原検査、血中抗体検査、内視鏡を用いた検査など、複数の方法があります。尿素呼気試験と便中抗原検査は精度が高く、除菌判定にも使用できます。血中抗体検査はスクリーニングに適していますが、除菌判定には使えません。
ピロリ菌は胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、そして胃がんの原因となるため、感染が確認された場合は除菌治療が推奨されます。除菌治療は2種類の抗生物質と胃酸分泌抑制薬を7日間服用する方法で、成功率は一次除菌で約70~80%、二次除菌まで行えば95%以上です。
除菌成功後も、定期的な胃カメラ検査によるフォローアップが重要です。胃潰瘍や十二指腸潰瘍の既往がある方、慢性胃炎の方、家族に胃がんの方がいる方は、積極的にピロリ菌検査を受けることをお勧めします。早期発見・早期除菌により、将来の胃の疾患リスクを大幅に減らすことができます。










